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和泉式部日記(口語訳)Ⅲ

by 杉篁庵庵主

六、七夕

 こんな手紙のやりとりをしているうちに、七月になりました。

 七日七夕、色事の好きな男たちのもとから、「あなたは織女、私は彦星、今宵逢いましょう。」などという恋文がたくさん届きますが、式部は目にも留めません。「こんな風流な時節には、宮様は時機を見過さずにお手紙くださったものなのに、ほんとうに私のことを忘れてしまわれたのだろうか。」と思っている丁度その時に、宮からお手紙が届きます。見ると、ただ歌だけで

  「思ひきや七夕つ女に身をなして天の河原をながむべしとは

〔あなたは我が身を織女の立場に置いて、逢いたい人に逢えずに天の河原をぼんやり眺めることになるなどと思ったことは今までなかったことでしょう(いつも男の方の陰のあるあなたですから)、いや、年に一度の逢瀬もかなわぬ身とは思いもしなかったことです。〕」

と記してあります。

 「そんな皮肉を言ってもやはり、宮様は風流な時節をお見過ごしなさらないようだ。」と思うとうれしくて、

  「ながむらむ空をだに見ず七夕に忌まるばかりのわが身と思へば

〔あなたが物思いにふけってながめていらっしゃるという空さえも私は見る気になれません、年に一度の七夕にあなたから忌み嫌われているほどの我が身だと思いますと悲しくて。〕」

と式部はお返ししましたが、宮はそれをご覧になるにつけても、やはり式部を思い切ることはできない、とお思いになられます。

 七月の末ごろになって、宮から「たいそう疎遠になって不安になっておりますが、どうして時折お便りをくださらないのですか。私など人並みにも思ってくださらないのでしょう。」とお手紙が届きますので、式部が、

  「寢覚めねば聞かぬなるらむをぎ風は吹かざらめやは秋の夜な夜な

〔あなたは安らかにお眠りで夜に目が覚めたりなさらないから耳になさらないでしょう、あなたを招く(をぐ)荻(をぎ)を吹く風が吹かないときがありましょうか、秋の夜毎に荻の風は吹き、私は寝ずにあなたのお出でをお待ちしています。〕」

と申し上げますと、すぐに宮から、

「いとしい方よ、私が安らかに寝ているとおっしゃるのですか。『人しれず物おもふときは難波なる葦の白根のしられやはする[古今六帖](誰にも知られないように物思いをしているときは、難波にある葦の白根ではないが、ひとり眠られぬ苦しさを誰が知っているでしょう。)』と歌にあります、私の思いはあなたにさえ知られないくらい深いのです。通り一遍の重いではありません、

  をぎ風は吹かばいも寢で今よりぞおどろかすかと聞くべかりける

〔私を招く荻を揺らす風が吹くものなら(もしお招きなら)、眠りもしないで、「今起こすか(吹くか・招くか)」と思って聞きいりましよう。〕」

とご返事があります。

 

 こうして二日ほどして、夕暮れに急に宮がお車を引き入れて式部の邸にお降りになりますので、夕暮れのまだ陽の出ている時で、明るいところではまだ顔をお見せ申し上げていないので恥ずかしく思いますが、どうしようもなくてお会いしました。宮は、とりとめのないことなどをお話なされてお帰りになりました。

 その後、数日が経ちますのに、たいそう不安になるくらいに、お手紙も下さいませんので、式部は、

  「くれぐれと秋の日ごろのふるままに思ひ知られぬあやしかりしも

〔おぼつかない気持ちのまま暮れて行く秋の数日を数えるうちに、よくわかりました、『いつとてもこひしからずはあらねども秋の夕はあやしかりけり[古今集](いつもいつも恋しくないことはないのですが、秋の夕暮れは特に不思議なほど恋しく思われます)』という歌の気持が。それにしても先日はやはり不思議な訪れでした、他の人を訪れる途中のお立ち寄りだったのでしょうか。〕

『帰りにし雁ぞ鳴くなるむべ人はうき世の中をそむきかぬらむ[拾遺集](戻ってきた雁の鳴く声を聞くと、しみじみ人が恋われてなるほど人はつらいこの世に背を向けて出家しかねるのでしょう)』の歌ではないですが、宮様からのお便りがないからといって諦めきれず出家もしかねています。」と申し上げました。

 宮から、「こんなふうに時が経って行くうちに間遠になってしまいました。けれども、

  人はいさわれは忘れずほどふれど秋の夕暮れありしあふこと

〔『人はいさ心もしらず古里は花ぞ昔の香ににほひける[古今集](あなたはさあどうでしょう、人の心はわかりませんが、むかしなじみのこの地は、梅の花が昔のままの香りで私を歓び迎えてくれています)』ではありませんが、あなたはさあどうでしょうか、私はあなたのことを忘れません、どんなに時間が経っても、あの秋の夕暮れにお会いしたことを。〕」

とお手紙があります。

 まことにとりとめもなく、頼みにもならないこのような歌のやり取りで、二人の仲を慰めておりますのも、思いみればあきれるほどに嘆かわしいことと式部は思います。

七、石山寺参詣

 こうしているうちに中秋の八月にもなってしまいましたので、式部は、もの寂しさを慰めようと、石山寺に参詣して七日ほども籠ろうと詣でました。

 宮は、「長い間会わないでいることだ。」とお思いになられて、お手紙を送ろうとしますが、小舎人童が、「先日、私は式部様のお邸に伺いましたが、今の時期は石山寺にいらっしゃるそうです。」と、人を通じて宮にご報告申し上げましたので、宮は「それでは、今日はもう日が暮れて遅い。明朝石山寺に出向け。」とおっしゃってお手紙をお書きになり童にお与えになりました。

 翌朝、童が石山寺に行ってみると、式部は住み慣れた都が恋しく、こうした参籠につけても、昔とはうってかわった我が身のありさまよと思いますとたいそう物悲しくて、仏のお前にはおらず、端近で熱心に仏を祈り申し上げているときでした。

 高欄の下のあたりに人の気配がするので、不審に思って見下ろしてみると、この童です。うれしくも思いがけない所になじみの童が来ましたので、「どうしたのか。」と侍女に問わせますと、宮のお手紙をさしだしますので、いつも以上に急いで開けて見ます。

 「たいそう信心深く山にお入りになったことです。どうして、こうなさるとさえおっしゃってくださらなかったのでしょうか。私を仏道の妨げとまではお思いではないでしょうが、私を置き去りになさるのがつらく思われます。」とのお手紙で、

  「関越えてけふぞ問ふとや人は知る思ひ絶えせぬ心づかひを

〔逢坂の関を越えて今日私が手紙を送るとあなたはわかっていましたか、決して私のあなたを思う想いはこんなことでは絶えることはないのだという心くばりをおわかりでしょうか。〕

いつ山をお出になるのでしょうか。」と記されています。

 近くにいらしてさえ間遠にして不安にさせなさいましたのに、こうして遠くまでわざわざ見舞ってくださるのが面白く、式部は、

  「あふみぢは忘れぬめりと見しものを関うち越えて問ふ人や誰

〔石山寺は近江路(あふみぢ)にありますが、あなたは私と「逢ふ道(逢う方法)」を忘れてしまわれたようと思って見ておりましたのに、逢坂の関を越えて私に逢おうと見舞ってくれる人はいったいどなたでしょうか(あの冷たい宮様だとはとても思われません)。〕

いつ下山するかとお尋ねになっていますが、私がいいかげんな信仰心で山に入ったとお思いなのでしょうか。

  山ながらうきはたつとも都へはいつかうち出の浜は見るべき

〔石山ではありますが浮くものは浮くようにどんなに憂いつらいことが絶たれたとしても、また山にいて辛いことが続いても、いつの日か都めざして琵琶湖半の打出の浜に打ち出て見ることがありましょうか。〕」

と申し上げました。

 お受け取りになった宮は、「つらくてももう一度石山へ行け。」と童に命じられて、

 「先ほど『逢おうと見舞ってくれる人は誰でしょうか』とかおっしゃいましたが、あまりにあきれたおっしゃりようです。

  たづね行くあふ坂山のかひもなくおぼめくばかり忘るべしやは

〔あなたに逢おうと逢坂山を越えて訪ねて行く甲斐もなく、私が誰だかわからないほどに忘れることがあってよいものでしょうか。〕

本当なのでしょうか、

  うきによりひたやごもりと思ふともあふみの海はうち出てを見よ

〔つらさからひたすら参籠しようとお思いでも、どうぞ私に逢うために山を打ち出て淡海の海(琵琶湖)の打出の浜を見てください。〕

古歌に、『世の中の憂きたびごとに身をなげば深き谷こそ浅くなりなめ[古今集](俗世でつらいことがあるたびに身投げをしたら、屍で深い谷も浅くなるだろう)』というではありませんか、簡単に「憂きたびごとに山籠る」などと言わないでください。」とお手紙をお送りなさいました。

 式部はただこんな歌を、

  「関山のせきとめられぬ涙こそあふみの海とながれ出づらめ

〔逢坂山の関ではありませんが、宮様との逢瀬を思って堰き止めることのできない私の涙は、逢う身もつらい(憂み)と淡海の海(琵琶湖)の水となってきっと流れ(泣かれ)出ているでしょう。〕」

と書いてその端に、

  「こころみにおのが心もこころみむいざ都へと来てさそひみよ

〔ためしに自分の決意の程を試してみようと石山寺に籠っています、そちらに真のお心があるのでしたらさあ都に帰ろうとどうぞ私に会いに来て誘ってみてください(あなたの熱意次第ではないでしょか)。〕」と記します。

 宮は、あの方が思いもかけない時に迎えに行きたいものだとはお思いになられますが、どうしてそんなことができましょう。

 こんなやりとりの後、式部は石山寺を出て都に帰ったのでした。

 宮から「あなたから、『戻ってくるかどうか誘ってみて』といわれましが、あなたが慌しく石山寺から出てしまわれたから迎えに行けませんでした、

  あさましや法の山路に入りさして都の方へ誰さそひけむ

〔予想外でしたよ、仏の道の山籠もりを途中で止めにして都へ戻っておいでとはいったい誰が誘ったでしょうか(私がお迎えに行く前に)。〕」とお手紙があります。

 これのご返事には式部はただ歌だけを返します。

  「山を出でて冥きみちにぞたどり来し今ひとたびのあふことにより

〔石山寺を出て、法(のり)の導きのない無明の闇に包まれる昏冥(くら)い俗世にたどたどしくもどりました、もう一度宮様との逢瀬を持ちたいばかりに。〕」

 八月末ごろに、風が激しく吹いて、野分めいて雨など降る時に、式部が、いつもよりもなんとなく心細く思われて物思いにふけっておりますと、宮からのお手紙が届きます。いつものように、時節を心得たかのようなお便りをくださいましたので、ふだんの薄情の罪をもきっとお許し申し上げたに違いありません。

  「嘆きつつ秋のみ空をながむれば雲うちさわぎ風ぞはげしき

〔お逢いできないのを嘆きながら秋の空を眺めますと、雲が乱れ動き風が激しく吹いています(私の気持ちか、あなたの不安なお気持ちの現われでしょうか)。〕」

 この宮のお歌への、式部のご返事、

  「秋風は氣色吹くだに悲しきにかきくもる日は言ふ方ぞなき

〔秋風は、ほんのわずか吹くだけでさえ悲しい気持ちになりますのに、こんなに空がかき曇る日は、なんともいいようもなくわびしいものです(逢いに来て下さいませんの)。〕」

 宮は、なるほどそんな気持ちなのであろうとお思いになりますが、いつものように、訪れることのないまま一月ほどが過ぎていきました。

八、暁起きの文

 九月二十日すぎの有明の月が西の空にある頃のことです。

 宮は目をお覚ましになって、「たいそう長いこと訪れないままになってしまったことだ。きっと今頃はこの月は見ていることであろう、他の男も一緒なのだろうか。」とお思いになられ、いつもの小舎人童だけをお供としておでかけになり、門を叩かせなさいます。式部が、目を覚ましていてなにやかや思いつづけて横になっている時でした。

 式部は、何もかも、最近は、秋という季節柄だろうか、なんとなく心細く、いつもよりもしみじみとものがなしく思われ、物思いにふけっていたのでした。

 「変だわ、こんな時間に誰だろう」と思って、前に寝ている侍女を起こして下男に誰だか問わせようとしますが、侍女はすぐには起きません。やっとのことで起こしても、あちらこちらぶつかってうろたえているうちに、門を叩く音は止んでしまいました。「帰ってしまったのでしょうか。物思いもなく惰眠をむさぼっているのだろうと思われでもしたら、なんとも心ないのんきな様子だととられることになってしまうが、きっと私と同じ気持ちで悩んでまだ寝ていなかった人なのだ。誰なのだろう。」と式部は思います。

 侍女に起こされてやっとのことで起きた下男が、「だれもいませんでした。みなさま空耳をお聞きになられて、夜の頃合いに惑わかされる、なんとも人騒がせなお邸の女房様方だ。」といって下男はまた寝てしまいました。

 式部は、寝ないで、そのまま夜を明かしました。ひどく霧の懸かった空を物思いにふけってながめながら、明るくなったので、今朝の夜明け前に起きた事情をそのへんの紙に気楽に書き付けていますと、いつものように宮からのお手紙が届きます。ただ歌だけが記されています。

  「秋の夜のありあけの月の入るまでにやすらひかねて帰りにしかな

〔秋の夜の有明の月が西に沈むまでお邸の前にとどまっている訳にもいかずとうとう帰って来てしまいました。〕」

 式部は「なんとまあ、まことに私のことを期待はずれな女だとお思いになっていらっしゃることだろう。」と思うとともに、「やはり風流な時節をお見逃しなさらないこと。まことにしみじみと趣き深い空の様子をご覧になっていらしたのだ。」と思うにつけて、うれしくて、さっきの手遊びのように書いていたものを、そのまま手紙として結んで宮にお返し申し上げます。

 式部から届いた文を宮は御覧になります。

 「風の音が、木の葉一枚散り残ることがないほどに吹いているのは、いつもよりもものさみしく感じられます。ぶきみなくらい空が曇っているものの、ただ気持ちばかりの雨がさっと降るのは、なんとももの寂しく思われて、

  秋のうちはくちはてぬべしことわりの時雨に誰か袖はからまし

〔今、秋も終わろうとしていますが、秋のうちに私の袖は涙で腐ってしまうでしょう、そうしたら、この後に来る初冬の時雨にはいったい誰の袖を借りればよいのでしょうか。〕

なげかわしいと思いますが、そんな私を知る人もおりません。草の色までも以前見たのと違って色づいてゆきますから、時雨が降る十月にはまだ早いと思われますのに、吹く風に、草がつらそうになびいているのを見るにつけ、ただいますぐにも消えてしまいそうな露のようなはかない我が身が危うく思われ、草葉にかこつけて悲しい気持ちのままに、奥にも入らずにそのまま端近で横になってみましたが、少しも寝られそうにありません。侍女たちはみんな気楽に寝ていますが、心乱れて思い定めることもできそうもありませんので、なすこともなく目だけ覚ましていて、ひたすらこの身を恨めしく思いながら横になっておりますと、雁がかすかに鳴いています。今頃宮様は私と同じようには思い悩んでいらっしゃらないだろう、たいそう堪えられないという気がしまして、

  まどろまであはれいく夜になりぬらむただ雁がねを聞くわざにして

〔まどろみもしないまま、ああ、幾夜になってしまっただろう、毎夜ただ雁の鳴き声を聞くことばかりを繰り返して。〕

とこんな状態で夜を明かすよりはと思って、妻戸を押し開けましたところ、大空に、西へ傾いている月の光が遠く澄み切って見える上に、霧が懸った空の雰囲気、鐘の暁を告げる声、鶏の鳴き声がひとつに融け響き合って、更に、過ぎていった日々や現在これからのことごとが思い合わされ、これほどまでに心深く感じられる時はありますまいと、袖を濡らす涙の滴までが、しみじみといつになく新鮮なのでした。

  われならぬ人もさぞ見むなが月の有明の月にしかじあはれは

〔私ではない他の人もきっとそう思って見ていることでしょう、しみじみした情趣は夜の長い長月(九月)の有明の月に及ぶものはなかろうと。〕

たったいまうちの門を従者に叩かせる人がいるとしたら、私はどう感じるでしょう。いやほんとに、いったい誰が私以外にこうして寝られずに月を見て夜を明かしている人がいるでしょう。

  よそにてもおなし心に有明の月を見るやとたれに問はまし

〔どこかよそででも私と同じ気持ちで有明の月を見ていますかと尋ねてみたくとも、いったい誰に問うたらいいのでしょう。〕」

 宮のもとに差し上げ申そうかと思っていたところに、宮からお手紙が届いたので、そのまま宮に差し上げました式部の文でしたから、宮は、それを御覧になり、期待はずれとはお思いになりませんが、お訪ねにはならず、式部が物思いにふけっているうちに急いで手紙をとお思いになられて、お届けになります。

 式部がものおもいにふけって外を見てすわっているところに、宮からの返事をもってきましたので、余りに早いお返事に、はりあいのない気もしますが、急いで開けてみますと、

  「秋のうちはくちけるものを人もさはわが袖とのみ思ひけるかな

〔秋のうちに涙で私の袖も朽ちてしまったのに、私だけでなくあなたも、朽ちたのは自分の袖だけだとお思いでしたね。〕

  消えぬべき露の命と思はずは久しき菊にかかりやはせぬ

〔消えてしまいそうな露のようなはかない命だと思わないで、寿命の長い菊になぜあやからないのですか。〕

  まどろまで雲居の雁の音を聞くは心づからのわざにぞありける

〔少しも眠りもせずに雲の上の雁の声を聞いているのは、あなたの心から出たことでしょう、他の人を思ったり私の愛情を疑ってのことでしょうか。〕

  我ならぬ人も有明の空をのみおなし心にながめけるかな

〔本当に私だけでなくあなたも、有明の空をひたすら私と同じ気持ちで物思いにふけって眺めていたのですね。〕

  よそにても君ばかりこそ月見めと思ひて行きしけさぞくやしき

〔離れてはいてもあなただけはこの月を見ているだろうと思って足を運んだのですが、あなたが起きていらっしゃると気付かずに帰って来てしまった今朝のことがまことに残念です。〕

そのまま夜を明かすことも門を開けることもまことに難しいことでできませんでした。」とあります。

 やはり手習いの文をお送り申し上げた甲斐はあったのでした。

 こんなことがあって、九月末ごろに宮からお手紙が届きます。

 ここ数日の、ごぶさたの気がかりさなどをおっしゃって、「妙な頼みですが、常日頃、手紙のやり取りをしていた人が遠くに行くそうなので、先方が感心しそうな別れの歌をひとつ贈ろうと思いますが、あなたからくださる歌だけがいつもすばらしいので、ひとつ私の代わりに一首作ってくれませんか。」とあります。

 「まあ、何とも得意顔。」と式部は思いますが、「そんな代作の歌はお作り出来ませんでしょう。」と申し上げるのも、たいそう気が利きませんから、「おっしゃるとおりにどうして上手にお詠み申し上げられましょう。」とだけ申し上げて、

  「惜しまるる涙に影はとまらなむ心も知らず秋は行くとも

〔あなたとの別れを惜しんで流さずにはいられない私の涙の中に、あなたの面影が留まって欲しいと思う、私の気持ちも知らないで、秋が去ってゆく時に、あなたが行ってしまうとしても。〕

ご使用いただけるようには詠えません、我ながらきまりわるいことでございます。」と記し、紙の隅に次のように書き添えます。

 「それにしても、

  君をおきていづち行くらむわれだにも憂き世の中にしひてこそふれ

〔宮を置き去りにしてその方はどちらに行くのでしょう、その方ほどに宮に愛されていない私でさえ、このつらい宮との仲をこらえてこの世を過ごしておりますのに。〕」

 こう式部が記してきたので、宮は、

 「望みどおりの歌でしたと申し上げるのも、いかにも歌を理解していると恰好をつけるようで気が咎めます。しかし、添えてあるお歌は余りに邪推が過ぎます。『つらい男女の仲』とありますがそんな関係ではないのですから。

  うちすててたび行く人はさもあらばあれまたなきものと君し思はば

〔私を捨てて旅に出る人はそれはそれでどうでもよいのです、ふたつとない存在だと他ならぬあなたが私のことを思ってくださるのなら、〕

それならこの辛い世を生きていけるでしょう。」とご返事なさったのでした。

 

九、手枕の袖

 こんなやりとりをしているうちに十月にもなった。

 十月十日ごろに宮は式部の邸にいらっしゃった。建物の奥は暗くて不気味なので、端近くで横になられて、寝物語にしみじみと愛の限りをお話になるので、心にしみることも多く式部にとってはお話を伺う甲斐がないわけではない。月は、雲に隠れ隠れして、時雨が降る折である。わざわざしみじみした趣きの限りを作りだしたような風情なので、式部の思い乱れる心は、ほんとうに訳もなくぞくぞくするほどであったから、その様子を宮も御覧になり、「人は式部を浮気でけしからぬ女のようにいうが、おかしな話だ、こんなに純で可愛げではないか」などとお思いになる。

 宮はいとしくあわれにお思いになって、式部がぐったり寝ているようにして思い乱れて横になっているのを、宮は押し起こしなさって、

  時雨にも露にもあてでねたる夜をあやしくぬるる手枕の袖

〔時雨にも夜露にもあてないで共に寝た夜なのに、なんとも不思議と濡れてますよ、あなたの涙で私の手枕の袖は。〕

とおっしゃるが、式部は何事につけてもただただ割り切れないほどの深い縁を感じるばかりで、ご返事申し上げようという気持もしないので、何も申し上げずにいた。こうしてただ月影の中で涙を落としている式部を、宮はなんともいじらしいとご覧になり、「どうして返事もなさらないのですか。私がとりとめないことを申し上げるので、気にいらないようにお思いでしたでしょう。なんともいじらしいこと」とおっしゃるので、式部は「どうしましたことでしょうか、身も心も乱れる気がするばかりでどうにもならないのです。お言葉が耳に入らないのではありません。どうぞ見ていてください、『手枕の袖』とおっしゃったことを私が忘れる時がありましょうか」と、冗談めかして言い紛らわす。

 しみじみと趣深かった夜の様子もこんなふうに過ぎたのであったろうか。

 翌十月十一日の朝、宮は、式部には自分以外に頼りになる男はいないようだと気の毒にお思いになり、「ただ今どうしておいでですか」とお便りなされたので、式部はご返事に、

  けさの間に今は消ぬらむ夢ばかりぬると見えつる手枕の袖

〔今朝のうちに、今ではもう消えてしまっているでしょう、夢のように儚い仮寝に私の涙で少しばかり濡れたあなたの手枕の袖は。〕

と申し上げた。

 宮は「『手枕の袖を忘れません』といったとおりで、趣きある歌だ」とお思いになって、ご返事する。

  夢ばかり涙にぬると見つらめどふしぞわづらふ手枕の袖

〔夢を見るあいだだけの儚い涙に濡れた程度とあなたはお思いでしょうが、あなたの涙でびっしょり濡れてその上に伏しかねるほどでした、私の手枕の袖は。〕

【「涙」は心の思いを語り伝えるもの、深い想いの形見です。また、寝具として使われた「衣(袖)」には、直接的でエロチックな意義も重なります。「袖を交はす」「袖を継ぐ」「袖を重ねる」は、情交の美的な表現です。ですから「手枕の袖」は熱き恋(情交)の象徴といえます。】

 十月十日の夜の空の風情がしみじみと身にしみて思われたので、宮のお気持ちが動いたのだろうか、それ以降、宮は、いじらしいと気がかりに思われて、しばしば式部邸においでになって、式部の様子をご覧になりめんどうを見るということをお続けになるが、式部が噂と違って男馴れている女性ではなく、ただもう頼りになげに見えるにつけても、たいそういじらしいとお思いなさって、しみじみと語り合い情を交わしていらしたが、

「そんなふうにあなたはものさびしく物思いにふけっていらっしゃるようですが、思い定めることはないのですが、今はただもう何も考えず我が邸にいらっしゃってください。周囲の人も私の行いを似合わしくないと非難しているようです。私が時々にしか参上しないからでしょうか、他の男の姿が見えたこともないけれど、周囲の人がたいそう聞き苦しい噂を伝えるうえに、また何度もあなたのお邸に足を運んでもとぼとぼと帰る時の気持ちはもうやるせなかったのですが、それも、自分が一人前の男扱いされていない気がしておりましたので、『どうしようか』と思うこともしばしばありましたが、私の古風な人柄からでしょうか、あなたへお手紙を差し上げることが絶えるのをたいそうつらく思われておりましたが、そうかといって、このようにお邸に参上し続けることはできそうもないのでして、本当に、周囲の人が私の行状を耳にして制止することなどがありますから、『わするなよ程はくもゐになりぬともそらゆく月のめぐりあふまで[拾遺集](私のことを忘れないでください、離れた距離は地上と雲との遠さに離れても、空行く月がいつか雲にめぐりあうように、その時まで。)』という歌のように、次に逢うのがいつになるかわからなくなってしまうでしょう。もしおっしゃるとおりにものさびしいのでしたら、我が邸にいらっしゃってはどうですか。妻などもおりますが、不都合なことは起きますまい。もともと私は、こんなふうに出歩くわけにはいかない身分だったせいでしょうか、誰もいないところに膝をつきあわせて座るような女の人もいないし、仏事のお勤めするときでさえ、たったひとりでいるのですから、あなたと同じ気持ちでお話して情を交わし申し上げることが出来たら、私の心が慰められることがあるのではないか、と思うのです」などと宮がおっしゃるにつけて、

 本当にいまさらそんな慣れない暮らしがどうして出来ましょうなどと式部は思い、更に、「宮のお兄様師貞親王に宮仕えするお話もそのままですし、そうかといって『み吉野の山のあなたに宿もがな世のうきときのかくれがにせむ[古今集](吉野山の彼方に住処があったらいいのに、そうしたら俗世がつらいときの隠れ家にしょう。)』の歌にある山の彼方に道案内してくれる人もいないし、このままこの邸で過ごすについては、『人しれぬねやはたえするほととぎすただ明けぬ夜の心ちのみして[清正集](ほととぎすの人知れぬ場所で鳴く声(独り寝)が絶えることがあろうか、明けない夜の中をさまようなような悲しみのうちに)』の歌のように、明けることのない闇に迷っている気がするので、つまらない戯れをいって言い寄ってくる男も多くいたから私をけしからぬ女のように世間で評判しているようだが、そうかといって、宮以外に格別に頼りになる男もいない。さあどうしたものだろうか、宮のおっしゃるとおりにお邸に行ってみようか。北の方はいらっしゃるけれど、ただもう邸内で別々に住んでおいでで、万事身の回りの世話は御乳母がしているそうだし、私があらわに人目につくように出て言い広めでもするなら別だろうが、適当な目立たない場所にいるなら、どうして差し障りがあろうか。少なくとも、私に他の男がいるという濡れ衣はいくらなんでも立ち消えになるだろう」と思って、

 式部は宮に、「何事もただもう『あはれと思へ山桜花より外に知る人もなし〔前大僧正行尊〕(山桜よ、あわれと思ってくれ。お前の外に私を理解する人はいないのだから)』の歌ではありませんが「私を知る人はいない」とばかりと思いながら過ごしております間の慰めとしては、このような折に、たまにでも宮様のおいでを待ち申し上げて、ご返事申し上げることよりほかにございませんので、ただもうどうでも宮様のおっしゃるとおりに、とは思いますが、別れ別れでいても世間はきっと私とのお付き合いを見苦しいことに申しているでしょう。まして私がお邸に上がったら、やはり噂はほんとうだったと世間が見でもしたら、いたたまれなく。」と申し上げると、

 「それは私の方こそあれこれ言われましょうが、あなたのことを見苦しいとは誰が思いましょう。うまく目立たない場所を用意して、お知らせ申しましょう」などと頼りになりそうにおっしゃって、まだ夜が明けぬうちにお帰りになる。

 式部は格子を上げたままでいたが、「このまま一人宮のおでましを待って端近に伏していてどうなろうか、また、愛人の身で宮のお邸に上がったら物笑いの種になるだろうか」などといろいろ思い乱れながら横になっているところに、宮のお手紙が届く。

  露むすぶ道のまにまに朝ぼらけぬれてぞ來つる手枕の袖

〔露が降りた道をたどりながら、あなたの涙で濡れたままの手枕の袖を更に別れの辛い涙と朝の露に濡らし着て、想いを深くして帰ってきました。〕

例の、手枕の袖の誓いはたわいもない話に過ぎないのに、お忘れにならずに手枕の袖にからむ歌を下さるのも心にしみる。式部はすぐにお返しする、

  道芝の露におきぬる人によりわが手枕の袖もかわかず

〔道端の芝の露が結ぶ時に起きて行ったあなたのせいで、私の手枕の袖も涙で濡れたままで乾かないままです。〕

 

 その夜の月がたいそう明るく澄み切っているので、式部の方でも宮の方でも月を眺めながら夜を明かして、翌朝、いつものように宮はお手紙をお送りになろうとして、「小舎人童は出仕しているか」とお尋ねになっている間に、式部の方でも、霜があまりに白いのにはっとしてのことだろうか、

  手枕の袖にも霜はおきてけりけさうち見れば白妙にして

〔私の手枕の袖にも霜は置いております、今朝起きて見ると真っ白なんですよ。〕

と、宮のもとにお手紙を差し上げた。

 宮は、悔しいことに先に手紙を送られてしまったと、お思いになり、

  つま恋ふとおき明かしつる霜なれば(けさうち見れば白妙にして)

〔あなたを恋い慕って起き明かした私の思いを置いた早朝の霜なので、真っ白なんですよ。〕

と、返歌を作っていらっしゃる、まさしくその時に小舎人童が参上したので、ご機嫌が悪いまま、どうしたのかとお尋ねになるので、取り次ぎの者は、「早く参上しないから、宮様はひどくお責めなのだろう」と思うように童にお手紙を与えたので、童は式部のもとに持っていって、「まだ式部様のもとから宮様にお便り申し上げなさらないうちに、宮様は私をお呼びでいらしたのに、私が今まで参上しなかったといって叱ります」といって、お手紙を取り出した。

 「昨夜の月はたいそう美しいものでしたね」と宮は記し、

  ねぬる夜の月は見るやとけさはしもおき居て待てど問ふ人もなし

〔あなたは寝てしまって月は見ていませんでしたか、共寝した夜の月を見ていましたか、今朝は霜が置く時間まで起きてあなたの手紙が届くかと思って待っていたけれど、私のもとには持ってくる人もいません(ですから、こちらから手紙を送りました。〕

とあるので、「本当に、宮様が先に歌をお読みだったようだ」と見るにつけても興をそそる。

  まどろまで一夜ながめし月見るとおきながらしも明かし顔なる

〔うとうともせず一晩中私が眺めた月をあなたも見ていると、霜が置くなか宮様が起きたままで夜を明かした証をたてようとしていますが、ほんとうでしょうか〕

と式部は申し上げて、このお使いの童が、「宮にひどく叱られました」というのがおかしくて、手紙の端に、

  「霜の上に朝日さすめり今ははやうちとけにたる気色見せなむ

〔霜の上に、朝日が射しているようです、だから霜も融けているでしょうから、いまとなってはもう、この童を許している様子を見せてあげてほしいものです〕

童がたいそう困り果てているそうですよ」と書いた。

 宮からは、

 「今朝あなたが先を越して得意顔でおっしゃるのもたいそうくやしいことです。その原因を作ったこの童を殺してしまおうかとまで思います。

  朝日影さして消ゆべき霜なれどうちとけがたき空の気色ぞ

〔朝日の光が射すと消える定めの霜ではあるが、霜は融けても、まだまだ気を許せない空の様子ではないが、なかなか許してやれない私の気分です。〕」

とお便りがあるので、式部は「お殺しになるおつもりとは、なんと」と思って、

  君は来ずたまたま見ゆる童をばいけとも今は言はじと思ふか

〔あなたはいらっしゃらず、代りにたまに姿を見せて私の心を慰めてくれる童を、私のもとへ行け(生きろ)とももはやおっしゃらないつもりなのでしょうか〕

と式部が申し上げると、宮はお笑いになられて、

  「ことわりや今は殺さじこの童しのびのつまの言ふことにより

〔なるほどおっしゃるとおりです、今となってはもうこの童を殺すまい、人に知られぬ妻であるあなたのお言葉にしたがって。〕

この童のお話しばかりで、『手枕の袖』の思いをお忘れになってしまわれたようですね」とお返事なさる。そこで式部が、

  人知れず心にかけてしのぶるを忘るとや思ふ手枕の袖

〔誰にも知られないようにして心に賭けてひたすら恋い慕っていますのに、私が忘れるとあなたはお思いですか、あの「手枕の袖」の夜を。〕

と申し上げたところ、宮のお返しは、

  もの言はでやみなましかばかけてだに思ひ出でましや手枕の袖

〔私のほうからお話ししないままでしたら、あなたは決して思い出しもなさらなかったでしょう、私がたいそう心震わせた「手枕の袖」の夜を。〕

         そのⅣに続く

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