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和泉式部日記(口語訳)Ⅱ

by 杉篁庵庵主

三、閉ざす真木の戸

 四月の晦日に、式部は、

  「ほととぎす世にかくれたるしのび音をいつかは聞かむけふもすぎなば

〔「五月待つ」というほととぎすは四月のうちは忍び音で鳴くと申しますが、その忍び音はいったいいつ聞けるでしょう、今日で四月が終ります、四月の内にはおいでいただけないのでしょうか。〕」

と歌を差し上げますが、宮のお近くには人々がたくさんお仕え申し上げていたときでしたから、ご覧に入れることが出来ません。翌朝になって使いが宮のもとに持って参りますと、宮は手紙をご覧になり、

  「しのび音は苦しきものをほととぎす木高き声をけふよりは聞け

〔声を忍んでなくのはつらいものですが、五月になった今日からはほととぎすも高々と誇らしく鳴きましょう、これからは喜び溢れる私の声を聞いてください〕」

とお返事なさり、二、三日あっていつものように人目を忍んでお渡りになりました。

 式部は、物詣でしようと精進潔斎している折でもあり、宮の訪れが遠のいているのも愛情がないのであろうと思いますから、特にお話申し上げもしないままに、仏道精進にかこつけ申し上げて、宮のお相手もせずに夜を明かしました。

 翌朝、宮は、「風変わりな一夜を明かしたことです」などとおっしゃって、

  「いさやまだかかるみちをば知らぬかなあひてもあはで明かすものとは

〔いやいやまだこんな恋の道があるとは知りませんでした、せっかくお会いしてもひとつ床に入りもしないで夜を明かすことがあろうとは。〕

驚きあきれました。」としたためます。

 さだめしお驚きでいらっしゃるだろう、とお気の毒になり、式部は、

  「よとともに物思ふ人はよるとてもうちとけてめのあふ時もなし

〔一生の間(毎晩)悩みに沈む私は、夜くつろいだ気持ちで寝るときもありませんし、あなたが近くに寄ることがあっても、気を許して添い臥すことはありません。〕

夜ごと眠れぬことや共寝しないというのは、私には珍しいこととも思われません」と申し上げたのでした。

 翌五月四日、「今日お寺詣でにお出かけなさるのですか。いったいいつお帰りになるのでしょうか。いつにましてどんなにか待ち遠しく気がかりなことでしょう」と宮からお手紙があるので、式部は

  「をりすぎてさてもこそやめさみだれてこよひあやめの根をやかけまし

〔降る五月雨もその季節が過ぎたらきっと止むように、悲しみも時の流れにきっと消えて、私もいづれ帰ってまいります。それとも今夜おいでですか。心乱しながらも、五月五日の前夜の雨降る今宵、万根を癒すという屋根に葺く菖蒲の根ではないですが、その文目(あやめ=道理)に従った音(悲しむ涙)で一緒に袖を濡らしましょうか。〕

というふうにでもお思いくださるべきでした。」とご返事申し上げ、物詣でに参籠しました。

 三日ほどして帰りましところ、宮から、「たいそう気がかりになっておりましたので、参上してお逢いしよう思いますものの、先日はたいそうつらい目に会いましたから、なんとも気がふさぎ、また面目なくも思われまして、たいそう疎遠なことになってしまいましたが、ここ数日は、

  すぐすをも忘れやするとほどふればいと恋しさにけふはまけなん

〔このままあなたのことを忘れられはしないかと思って過ごしていましたが、時間が経つと、たいそうあなたが恋しくなって、今日はその気持ちに負けてお訪ねすることにいたします。〕

私の並々でない気持ちを、いくら冷淡なあなたでもおわかりでしょう。」とあります。そのご返事を式部は、

  「まくるとも見えぬものから玉かづら問ふ一すぢも絶えまがちにて

〔恋しい気持ちに負けたとおっしゃいますが、そうも思えません。玉葛(たまかづら)の蔓(つる)が長い一筋であるのに、その一筋の訪れも絶え間がちですから。〕」

と申し上げました。

 宮は、お手紙の通りいつものお忍びでいらっしゃいました。

 式部が「まさか今日はお越しではあるまい」と思いながら、ここ数日の勤行の疲れでうとうとしているときでした。宮の家来が門を叩きますが、それを聞きつける人もおりません。宮は、式部の数々の噂をお聞きになっていることもありましたので、きっと誰か男が来ているのだろうとお思いになり、そっとお帰りになられて、その翌朝、

  「開けざりし真木の戸ぐちに立ちながらつらき心のためしとぞ見し

〔昨夜はあなたが開けてくださらなかった真木の戸口に立ちつづけて、これがあなたの薄情な気持ちの証拠なのだ、と思い知りました。〕

恋の辛さはここに極まると思うにつけて、しみじみ悲しいことです。」という宮のお手紙があります。

 式部は「ほんとうに昨夜おいでになられたにちがいない。不用意にも寝てしまったものよ。」と思います。ご返事に、

  「いかでかは眞木の戸ぐちをさしながらつらき心のありなしを見む

〔どうして真木の戸を閉めたまま開けてもいないのに、私の気持ちが薄情かどうかおわかりになるのでしょうか〕

いろいろと変な邪推をなさっているようです。私の心を開けてお見せできれば「つらき心」などとは誤解されないでしょう。」と式部は記します。

 宮はそれをご覧になって、この宵もまたお出ましになりたかったのですけれど、こうしたお忍び歩きをお側の者たちがお止め申し上げているだけでなく、内大臣(藤原公季・宮の母超子の父兼家の弟)や東宮(居貞親王・同母兄、後の三条天皇)といった方々がお聞きなさることがあったらたらいかにも軽薄な振る舞いと思われるだろうと、気おくれなさっておりますうちに、宮の次の訪れはたいそう間遠になるのでした。

 五月雨が降り続いてたいそうものさびしいこの数日、式部は雲の切れ間もない長雨に、「私たちの仲はどうなっていくのだろう」とはてることのない物思いにふけり、「言い寄って来る男たちはたくさんいるが、現在ではなんとも思っていないのに、世間の人はあれこれ妙な噂を立てているようで、『いづ方にゆきかくれなむ世の中に身のあればこそ人もつらけれ[拾遺集](どこに姿を消そうか、人前に我が身があるからこそ他人もつらく当るのだろうから、姿を消しさえすればとやかく言われずに済むだろう)』という歌のとおり、どこぞに隠れてしまいたいもの」と思って過ごします。

 そんな折、宮から、「五月雨のものさびしさはどうやって過ごしていらっしゃいますか」といって、

  「おほかたにさみだるるとや思ふらむ君恋ひわたるけふのながめを

〔あなたはいつものとおりに五月雨が降っていると思っていらっしゃるでしょうが、実はあなたを恋い慕いつづける物思いが流す私の涙で雨が降りつづいている今日の長雨(景色)です。〕」

と詠んでこられたので、式部は「風流な時節を逃さずお手紙があるのがなんとも風情のあること」と思うのでした。また「ほんとうにしみじみとものさびしい時節だこと」と思って、

  「しのぶらむものとも知らでおのがただ身を知る雨と思ひけるかな

〔宮様が私のことを偲んで降る涙の雨とは存じませんでした、「数々に思ひ思はずとひがたみ身をしる雨は降りぞまされる[伊勢物語](あれこれと私のことを思ってくださっているのか、思ってくださっていないのか、お尋ねするのも難しいものですから、それ程にしか思われていない我が身の程を知っている雨は、このようにひどく降ってくるのでしょう。)」の歌のように、雨が降っているので私のもとに足を運んでくださらない、と思っておりました。伊勢物語ではこの後、男は蓑も笠も手にする余裕もないままに、ぐっしょりと濡れて、あわてふためいてやって来るのですが。〕」

と記して、その紙の一重を裏返して、透けて見えるのを見越して、

  「ふれば世のいとど憂さのみ知らるるにけふのながめに水まさらなん

〔この世に生きるにつれて、つらい思いばかりを思い知らされます。降り続くこの長雨の大水に物思いにふける我が身は押し流されたいと思います。〕

そうして流れ出した私を待ち受け救ってくれる男の方(彼岸)はいるのでしょうか」と申し上げたのでした。これを、宮はご覧になられ折り返しすぐに、

  「なにせむに身をさへ捨てむと思ふらむあまのしたには君のみやふる

〔どうしてまた大水に身までも捨てよう(出家しよう)とお思いなのですか、五月雨が降っていますが、天下に、あなただけが涙を流しているとお思いですか、私だってあなたと同じ思いで生きているのです。〕

歌に『なかなかにつらきにつけて忘れなば誰も憂き世やなげかざらまし[新後拾遺集](かえってつらいことがあるたびにそれを忘れてしまうのなら、誰もこの世を嘆かずにすむでしょう)』とありますが、あなたのことを忘れず思っているからこそ嘆いているのですよ」とご返事なさいます。

④ 

四、長雨

 五月も末になりました。梅雨はしとしとと相変わらず降り止みません。

 先日の式部からのご返事がいつもよりも物思いに沈んでいる様子であったのを、宮はしみじみいとおしいとお思いになられて、ひどく雨の降った夜が明けた早朝、「昨夜の雨の音は恐ろしいほどでしたが・・」などとお手紙をお送りになられる。

 式部が、

  「よもすがらなにごとをかは思ひつる窓打つ雨の音を聞きつつ

〔『白氏文集』の「蕭々暗雨打窓雨=蕭々たる暗き雨、窓を打つ声」のように窓を打つ雨の音を聞きながら一晩中眠れずに私が何を思っていたかご存知でしょうか、あなたのこと以外は考えませんでした。〕

家の内にいたのですが、『降る雨にいでてもぬれぬわが袖のかげにゐながらひぢまさるかな[貫之集](降る雨の中に出ても濡れることのない私の袖が、部屋にいるのにどんどん濡れて行きます。)』の歌のように、不思議なほど袖は涙でびっしょり濡れています。あなたのお運びがないからでしょう。」とご返事申し上げましたところ、

 宮は、「やはり気が利いていて言葉を掛ける甲斐のあるひとだ。」とお思いになられて、ご返事をお送りなさいます。

  「われもさぞ思ひやりつる雨の音をさせるつまなき宿はいかにと

〔私も同じようにあなたのことを偲んでおりました、激しい雨の音を遮る妻戸のうちに、頼りになる夫(つま)もいないあなたはどうお過ごしなのかと。〕」

 この日の昼頃、「加茂川の水が増した。」といって、人々が見にでかけます。宮もご覧になられて、「今どうしていらっしゃいますか。大水を見に出かけました。

  大水の岸つきたるにくらぶれど深き心はわれぞまされる

〔大雨で川の水が岸を浸すほどですが、その深さを比べてみますと、私の愛情のほうがずっとまさっています。〕

そういうふうに私の気持ちをご承知ですか。」とお便りなさいます。

 式部はご返事に、

  「今はよもきしもせじかし大水の深き心は川と見せつつ

〔『思へども人目つつみの高ければかはと見ながらえこそ渡らね[古今集](思ってはいるが、人目を慎む堤が高いので、これくらいはただの川に過ぎないと見ながらも、渡ってそちらに行くことができません)』と歌にあるように、今となってはもうあなたは決して、岸ならぬ、私のもとに『来』たりはなさらいのでしょう、深いお気持ちを『かは(これくらい)』と大水の川ようだと見せてはいらっしゃいますが。〕

お歌ばかりで甲斐のないことです。」と申し上げたのでした。

 宮が式部のもとにいらっしゃろうとお思いになられて、香をたき身づくろいなさっていますところに、侍従の乳母が参上して、「お出かけになるのはどちらですか。お出かけのことを、お側の者らがとやかくお噂申し上げているようです。その女は、特に高貴な身分ではありません。お使いになろうとお思いなら、お邸に召しいれてお使いになってください。軽々しく足をお運びになるのは、ほんとうにみっともないことです。そんな中でも、あの方は、男たちがたくさん足を運んでいる女です。不都合なことも引き起こりましょう。みなよくないことは、右近の尉の何とかいう者が始めたことです。亡くなった兄宮様をも、この者がその人のもとにお連れ歩き申し上げていたのです。夜の夜中までお出歩きなさったら、いいことがあるはずはありません(それで亡くなられたのですよ、お兄様は)。このようなご外出に伴う右近の尉のけしからぬところは、大殿(内大臣公季)様に告げ申し上げるつもりです。世の中が今日明日どう動くか分からないような時です、大殿様のお心づもりもおありでしょうから、世の中の動きがどうなるか見届けなさるまでは、こんな軽率なご外出はなさらないのがよろしいでしょう。」と申し上げなさいます。

 宮は「どこに行くものか。ものさびしいからなんとなく遊びで香を焚きしめているだけで、どこかにでかけるわけではない。また、あの人について大げさにいうべきではありません。」とだけおっしゃられて、「たしかにあの方は、不思議なほどつれない女ではあるが、それでもやはり期待通りの人なのだから、邸に呼んで召人(めしうど・愛人)として置いておければよいのだが。」などとお思いにはなられが、そんなことをしたら、今以上に聞き苦しい噂が立つだろうとあれこれ思い乱れているうちに、足が遠のいてしまわれるでした。

 やっとのことで宮は式部のもとにいらっしゃられて、「思いがけなく、不本意ながら足が遠のいてしまいましたが、冷淡な男だとお思いくださいますな。これもあなたのこれまでの過ちのせいだと思います。こうして私が足を運ぶのを不都合だと思う男の方々がたくさんあると聞いていますので、あなたに迷惑がかかっては気の毒だと思って遠慮していたのです。また世間体からも差し控えているうちに、いっそう足が遠のいてしまいました。」と生真面目にお話なさされて、「さあいらっしゃい、今宵だけは。誰にも見つからない場所があります。ゆっくり二人きりでお話申し上げましょう。」といって車を寄せてむりやりにお乗せになりますので、式部はしぶしぶながらも乗ってしまいました。誰かが聞きでもしたらたいへんと案じながら行くのですが、たいそう夜も更けていましたので、気付く人もおりません。宮はそっとひとけのない廊に車をさし寄せてお降りになりました。「降りなさい。」と強引におっしゃいますので、式部は月が明るく目立ちますから、見苦しく情けない気持で車から降りたのでした。

 宮は「どうですか、ひとけもない所でしょう。今日からはこんなふうにして誰にも知られぬようにお逢い申しましょう。あなたのお邸では他の男の客があるのではと思うと、気がねですから。」などとしみじみとお話しなさいます。

 夜が明けると車を寄せて式部をお乗せになって、「お家までお見送りにも参るべきでしょうが、明るくなってしまうでしょうから、私が外出していたと誰かに見られてしまうのは具合よくありません。」といって、宮はその邸にお留まりになりました。

 式部は、ひとり帰る道すがら、「なんとも変わった逢瀬だったこと、人はどんなふうに思うのだろう(またまた悪評が立つのだろうか)」と思います。夜明けにお別れする際の宮のお姿がなみなみでなく艶めかしく見えましたのが思い出されまして、

  「よひごとに帰しはすともいかでなほあかつき起きを君にせさせじ

〔毎宵毎宵あなたをお帰ししたとしても、どうして夜明け前に起きて私を見送るなんてことをこれ以上あなたにさせられましょう。〕

このように宮に見送られる逢瀬はつろうございました。」と書き送りますと、宮からは、

  「朝露のおくる思ひにくらぶればただに帰らんよひはまされり

〔早朝朝露が置くころ起きてあなたを見送るつらさに比べると、なにもせずにむなしく帰る宵の方がもっとつらいものです。〕

決して一夜を共に明かさず宵のうちに帰ることは聞き入れられません。今夕は方塞がりです。お迎えに参りましょう。」とご返事があります。

 「なんとも、みっともない、いつもいつも私の方から出かけるわけにはいかない」と式部は思いますが、宮は、昨夜のように車でいらっしゃいました。車をさし寄せて「早く、早く。」とおっしゃいますので、「なんともみっともないこと」と思いながらもそろそろとにじりでて乗りましたところ、昨夜と同じところで親しくお話しなさいます。

 宮の北の方は、宮がその父・冷泉上皇の院の棟にいらっしゃっている、とお思いです。

 夜が明けましたので、「『恋ひ恋ひてまれにあふ夜のあかつきは鳥のねつらきものにざりける[古今六帖](恋しくて恋しくてたまにあなたと逢う夜の夜明けは、別れの時刻を告げる鶏の声がつらいものです)』という気持ちです。」と宮はおっしゃり、そっと式部とともに車にお乗りになって送っていかれます。その道すがら、「こんなふうにお連れする時は必ず。」とお宮がおっしゃるのに、式部は「こんなふうにいつも連れ出されるというのはどうしたものでしょう。」と申し上げます。式部を邸にお送りなさってから、宮はご帰宅なさいました。

 しばらくして宮から後朝(きぬぎぬ)のお文があります。「今朝は鶏の声に起こされて、憎らしかったので、殺しました。」とおっしゃり、鶏の羽にお手紙を付けて。

  「殺してもなほあかぬかなにはとりのをりふし知らぬけさの一声

〔たとえ殺したってなお飽き足りない気持です、私たちの気持ちを推し量れない今朝のひと鳴きは許せませんでした。〕」

 式部から宮へのご返事は、

  「いかにとはわれこそ思へ朝な朝な鳴き聞かせつる鳥のつらさは

〔どんなにつれなく辛いことかは私の方が切に感じています、毎朝毎朝宮のおいでがなく虚しく夜が明けるのを鳴き聞かせる鶏の声を聞くつらさは。〕

と思いますにつけても、どうして鶏が憎くないことがありましょう。」というものでした。

 

⑤ 

五、疑惑

 二、三日ほどして、月がたいそう明るい夜、式部が縁先近くに座って月をみていますと、宮から「どうですか、月をご覧になっていますか」とお手紙があり、

  「わがごとく思ひは出づや山のはの月にかけつつ嘆く心を

〔私がそうしているようにあなたも私のことを思い出しておいででしょうか、私は山の端に沈もうとする月にかこつけて(先日ともに見た月を思い出し「山の端の逃げて入れずもあらなむ(いつまでも一緒にいれたら)」と)嘆いているのですが。〕」

とありました。いつもの歌よりも趣き深い上に、宮のお屋敷で、月が明るかったあの時に一緒にいるのを誰かが見ていただろうか、などとふと思い出していたときでしたので、式部は、

  「ひと夜見し月ぞと思へばながむれど心もゆかず目は空にして

〔あの夜一緒に見た月と同じ月と思いますと思わずしみじみ眺めていますが、心も晴れずお出でもないので目は空に向いていても、あなたを思うと上の空です。〕」

とご返事申し上げ、なおも独りでぼんやりしているうちに、むなしく夜は明けてしまうのでした。

 次の夜、宮がいらっしゃいましたが、式部の方では気付きませんでした。式部邸は、他の妹たちもそれぞれの部屋に住んでおりますので、妹の所に通ってきた車を、「車がある、きっと誰か男が来ているのだろう。」と宮は思い込みなさいます。不愉快ではありますが、そうはいっても、これで関係を絶ってしまおうとはお思いになられなかったので、お手紙をお送りになります。

 「昨夜は私が参りましたことはお聞きになったでしょうか。それとも、(他の方と一緒で)お気づきになれなかったのでしょうか、と思うと、たいそう悲しくつらいことです」と記されて、

  「松山に波高しとは見てしかどけふのながめはただならぬかな

〔「君をおきてあだし心をわがもたば末の松山なみもこえなむ[古今集](あなた以外に浮気心を私が持ったら、末の松山を波が越えるでしょう、そんなことはどちらもありえません)」という歌がありますが、あなたが私を裏切って、松山に波が高まっていると思いましたが、今日の私の物思いは、ただごとではありません、この長雨についに波は松山を越えてしまうでしょう。〕」

というお歌が記してあります。

 ちょうど雨が降っているときです。式部は「妙なことがあったものです。だれか宮にいつわりを申しあげたのでしょうか。」と思い、

  「君をこそ末の松とは聞きわたれひとしなみには誰か越ゆべき

〔私に濡れ衣を着せるのは、あなたの方こそあなたの波が松山を越えて誰かいい人が出来て私を捨てようとなさっていらっしゃるのではないですか、いったい誰の波が同じように松山を越えようとするでしょう、私は心変わりなどしません。〕」

と申し上げたのでした。

 宮は、この夜のことをなんとなく不愉快にお思いになられて、長い間お手紙もお送りにならずにいました。

 しばらく後になって、

  「つらしともまた恋しともさまざまに思ふことこそひまなかりけれ

〔私につらい思いをさせるあなたのことを薄情だともまた恋しいとも思い、心の安らぐ時がありません。〕」

とお詠みらられました。

 式部は、ご返事としては、「申し開きせねばならない内容がないわけではありませんが、ことさらに言い訳めいてしまいますのも気後れいたしまして、

  「あふことはとまれかうまれ嘆かじをうらみ絶えせぬ仲となりなば

〔あなたが私に逢ってくださるかどうか、今後がどうなったとしても嘆きませんが、あなたと恨みの絶えることのない仲となってしまったら嘆かずにはいられません。〕」

とだけ申し上げました。

 こうして、この後はやはり宮との仲は遠のいていました。

 月の明るい夜、式部は横になって、「かくばかり経がたくみゆる世の中にうらやましくもすめる月かな[拾遺集](このように過ごし難く見えるこの世の中に、うらやましいことに澄ん(住ん)でいる月ですこと。)」などと月を眺めては物思いにふけらずにいられなくて、宮にお手紙をさしあげます。

  「月を見て荒れたる宿にながむとは見に来ぬまでも誰に告げよと

〔私が月を見ながら荒れ果てた家で一人淋しく物思いにふけっているとは、宮様がいらっしゃらなくても、宮様以外の誰に告げよというのでしょうか。〕」

 樋洗(ひすまし)の女童に命じて、「右近尉に渡しておいで。」といって送ります。

 宮は御前に人々を召してお話なさっていらっしゃる時でございした。(それゆえすぐにはお見せできず、)みなが退出してから右近尉がお手紙を宮にさしだしますと、「いつもの目立たない車で出かける準備をせよ。」とおっしゃって、式部のもとにいらっしゃいます。

 式部はまだ端近で物思いにふけって月を眺めながら座っている時でしたが、誰かが邸に入ってくるので、簾を下ろしていますと、いつものように宮はいらっしゃる度毎の目新しい感じのするお姿で現れて、御直衣などたいそう着慣れて柔らかになっているのが、趣き深く見えます。何もおっしゃらずに、御扇に手紙を置いて、「あなたからのお使いが、私の返事を受け取らないままで帰りましたので、私が届けに参りました。」とおっしゃって簾の下からお差し出しになりました。式部は、お話し申し上げるにも場所が遠くて具合が悪いので、自分の扇を差し出して受け取りました。

 宮も家の内に上ろう、とお思いになりました。そこで、前栽の趣深い中に進みなさって、「わがおもふ人は草葉のつゆなれやかくれば袖のまづしをるらむ[拾遺集](私の愛する人は草葉の露なのでしょうか、草葉に袖を掛けると露で濡れますが、それと同じに思いを懸けると涙で袖が濡れることです)」などとおっしゃいます。その様子は、たいそう優雅で気品があります。式部の近くにお寄りになって、「今宵はこのまま下がります。『たれにつげよ』と詠まれていましたが、あなたが誰に思いを寄せているのかを見定めようと思って参上したのです。明日は物忌みといいましたので、自宅にいないのもまずいと思って今日は下がります。」といってお帰りになろうとしますので、式部は、

  「こころみに雨も降らなむ宿すぎて空行く月の影やとまると

〔試しに雨でも降ってほしいものです、それで我が家を通り過ぎて行く空の月の光が留まってくれるか、宮様もお泊りにまってくれないかと。〕」

と申し上げます。

 宮は、式部が周りの人がいうよりも子供っぽくて、いじらしいとお思いになります。「いとしい方よ。」とおっしゃられてしばらく部屋にお上がりになって、お帰りになられるとき、

  「あぢきなく雲居の月にさそはれて影こそ出づれ心やはゆく

〔残念なことに雲にかかる月が動くのに誘われて私の影も帰りますが、私の心はどこにも行きません。〕」

とお詠いになります。お帰りになってから、先程扇にお受けした宮のお手紙を見ますと、

  「我ゆゑに月をながむと告げつればまことかと見に出でて来にけり

〔私ゆえに物思いにふけって月を眺めているとお告げでしたので、ほんとうかな、と思って見に出てきました。〕」

と記してあります。

 式部は、「やはり宮は本当に風流でいらっしゃる。私のことをたいそうとんでもない女だとお聞きでいらっしゃるのを、なんとかして、考え直していただきたいもの」と思います。

 一方宮もまた、「式部という方はつまらなくはない、もの寂しいときの慰めにしよう」とはお思いになりますが、お仕えしている人々が申し上げるには、「最近は源少将がおいでになるそうです。昼もいらっしゃるそうです。」とか、また、「治部卿の源俊賢様もいらっしゃるそうですよ。」などと口々に申し上げますので、宮は式部がひどく軽々しい人であるようにもお思いになられて、長い間お手紙もお送りになりません。

 

 宮に仕える小舎人童がやってきました。樋洗の女童は、いつも語り合って親しくしていたので、「宮からのお手紙はあるのですか」というと、「お手紙はありません。先夜いらっしゃったときに、御門に車があったのをご覧になって、それからお手紙もお出しにならないようです。他の男が通っているようにお聞きになっているようすです。」などといって帰っていきます。

 樋洗の女童から「小舎人童がこんなふうに言っています」と聞いて、式部は「ずっと長いあいだ何やかやと望みを私から申し上げることもなく、ことさら宮様におすがりすることもなかったけれど、時々こうして私を思い出してくださる間は、二人の関係は絶えないでいようと思っていましたのに、こともあろうに、こんなとんでもない噂のために私をお疑いなってしまわれた」と思うと、身も心もつらくて、「いく世しもあらじわが身をなぞもかくあまの刈藻に思ひみだるる(長くもないわが身がどうしてこう思い乱れるのだろう)。」と嘆いていますと、宮様からのお手紙が届きます。

 「近ごろ妙に身体の具合が悪くてごぶさたいたしました。先日もそちらに参上しましたが、折悪く他の方の来ている時で帰るしかなかったのですが、本当に一人前扱いされていない気がしまして、

  よしやよし今はうらみじ磯に出でてこぎ離れ行くあまの小舟を

〔ええもういいのです、今となってはもう「浦見」ならぬ「恨み」はしますまい、磯に出て岸からも私からも漕ぎ離れて行く漁師の舟ならぬあなたを。〕」

とありますので、あきれはてた噂をお聞きになっている上に、言い訳みたいなことを申し上げるのもきまりわるいのですが、今回限りはと思って、

  「袖のうらにただわがやくとしほたれて舟流したるあまとこそなれ

〔「袖の浦」で藻塩を焼こうと潮を垂らしているうちに舟を流してしまった漁師のように、私の「袖の裏」に、ひたすら私の役(やく)として涙を流しているうちに、宮様に去られてよるべをなくしてしまいました。〕」

と式部は宮にご返事申し上げたのでした。

   Ⅲへ続く

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